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うみねこ通信 No.292 令和5年10月号

術前絶飲食と経口補水液

麻酔科部長 大友 教暁

当院では予定された全身麻酔を受ける患者さんは、麻酔科医が術前の診察を行い、その際に麻酔の方法やリスクと共に、術前の絶飲食について説明をしています。消化管の手術や乳幼児は例外となりますが、原則、手術室に入る前に最終摂取から固形物は8時間以上、水分は2~3時間、間を空けることが必要になります。これは全身麻酔を行う際に嘔吐および誤嚥を起こさないようにするためで、誤嚥性肺炎を併発した場合には命に関わることになりますので、必ず守っていただきます。固形物を摂取中止から水分摂取中止までの間、当院では、水、お茶、スポーツドリンク、経口補水液の中から選択して飲水して頂いていますが、経口補水液はあまり人気がありません。値段が高い事と味覚上の問題が原因のようですが、経口補水液とはどんなもので、どのような利点があるのでしょうか?
もともと経口補水液は、点滴ではなく経口で水分と電解質の素早い補給を可能にすることで、開発途上国におけるコレラ患者(特に小児において)の下痢・高度脱水状態の改善に寄与し、脚光を浴びました。その後、コレラ患者だけでなくその他の原因による下痢状態、更には嘔吐や発熱などによる脱水状態の治療にも用いられるようになり、現在は手術や全身麻酔前の絶飲食による脱水症状を予防、改善するためにも用いられるようになりました。余談となりますが、2009年にTBS系列で放送されたテレビドラマ「JIN-仁-」では江戸でコロリ(今でいうコレラ)が流行したときに、未来からやってきた大沢たかおさん演じる主人公が、経口補水液を作り治療に用いています。
それでは、経口補水液はどのような特徴を持っているのでしょうか?日本において最初に発売された経口補水液OS-1®(大塚製薬工場)とスポーツドリンクのポカリスエット®(大塚製薬)を比較して、その特徴を明らかにしたいと思います。

表1

OS-1 ポカリスエット WHO(1975) WHO(2002)
Na(ナトリウム) 50 mEq/L 21 mEq/L 90 mEq/L 75 mEq/L
K(カリウム) 20 mEq/L 5 mEq/L 20 mEq/L 20 mEq/L
炭水化物
(うちブドウ糖)
2.5g/100ml
100 mEq/L
6.2g/100ml
不明
2g/100ml
111 mEq/L
1.35g/100ml
75 mEq/L
 
表1の左側はホームページから抜粋したOS-1とポカリスエットの成分の比較になります。単位等細かいことは気にしないで単純に数字だけを比べていただきたいのですが、OS-1はポカリスエットに比べ電解質のナトリウム(Na)、カリウム(K)が多く炭水化物(糖質)が少ないことが分かります。味で考えるとポカリスエットに比べOS-1はしょっぱくて甘くないことになり、これが先に述べた不人気の原因の一つかと思っています。
水分の吸収と糖質と電解質はどんな関係があるのでしょうか?ブドウ糖をはじめとする糖類は人間の大切なエネルギー源です。そのため口から摂取したブドウ糖が小腸に入ると人体はエネルギーを使って積極的にブドウ糖を吸収しようとします。その時に利用されるのが電解質のNaで、ブドウ糖とNaは一緒に吸収されます。この時、Naは水に溶けて存在していますので、一緒に水分も吸収されることになります。水分、ブドウ糖、Naが一緒に存在することで消化管から体内への吸収が促進される訳です。ただし、高濃度のブドウ糖、Naは逆に水分の摂取を必要とする事になり、脱水状態を悪化させます。海水を飲むと逆にのどが渇くことや、糖尿病の人が高血糖のときに水をたくさん飲みたがるのがいい例です。このため適正な濃度に調整することが必要となります。表1の右側にWHOが提唱した経口補水液の成分を載せました。カッコ内は発表された年をあらわします。1975年バージョンと2002年バージョンを比較すると、新しいほうはNaとブドウ糖の濃度が低くなっていることがわかります。これは初期に作られた経口補水液よりもブドウ糖やNaが低濃度の方が、小児の下痢の患者さんに使用したときに、嘔吐が少なく、便からの排泄を減らし、予定外の点滴治療を行わなくてもよくなることがわかってきたためです。OS-1も2002年バージョンを参考にしているように思います。
脱水状態の予防や改善のために経口補水液は大いに役立ちますが、いくつか注意が必要です。もともと下痢の患者さんを対象に考案されたものですから、普通に食事ができている方が経口補水液を過剰に摂取すると、塩分過多、糖質過多となる可能性があります。特に、心不全の既往がある方、高血圧や糖尿病の患者さんは水分、塩分、糖質の過剰摂取が問題となるため、注意が必要です。また表1に示したように経口補水液にはKが多く含まれています。血液中のKの濃度が高くなると最悪の場合、心臓が止まってしまう危険性もありますので、腎機能が低下している方や血液透析を必要とする患者さんはご注意ください。いずれにしても持病をお持ちの方はかかりつけの医師にご相談ください。
当院で全身麻酔前の飲水に経口補水液を限定としていない理由は、経口補水液を買ってはみたものの口に合わず、水分を全く飲まないという状況を避けるためです。普通に食事ができている方は水で大丈夫です。糖質、電解質含む経口補水液は吸収が早く、術前の絶食や術中の体液の喪失を考えると非常に有用ではありますが、水分を摂取しないことの方が、弊害が大きいと考え無理強いはしていません。
2023年7月27日、世界気象機関(WMO)と欧州委員会の気象情報機関「コペルニクス気候変動サービス」は、7月が人類史上最も暑い月となることを裏付ける公式データを発表し、国連のグテーレス事務総長は「地球温暖化から地球沸騰化へ」と警鐘を鳴らしました。例年、やませが吹くこの八戸でも例外ではなく猛暑となりました。来年以降もこの傾向は続きそうです。経口補水液の特徴を理解し、熱中症にならないように正しく水分補給をしましょう。
 

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