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うみねこ通信 No.208 平成28年10月号

全身麻酔と意識

麻酔科部長 大友 教暁

全身麻酔で手術を受けられる患者さんに、術前の診察を行い、患者さんの状態を把握するとともに、“手術中は意識がなく全く覚えていませんよ”と簡単に麻酔の説明をしています。最後に“何か質問はありませんか?”と尋ねると、大多数の患者さんは、“何を聞いていいかわかりません”と答えます。また、医学部の学生に麻酔についての話をしていると、技術的なことには関心を示しても、意識の話になると少し戸惑ったような感じになることが多々あります。手術中の患者さんの意識を奪い、手術終了後にきちんと意識を回復させることが、麻酔科医の最も重要な使命のひとつであるにもかかわらず、その肝心なところが患者さんだけでなく、医学的知識のある医学部の学生にまで伝わりにくいのはなぜでしょうか?

麻酔科医の説明が分かりにくい理由は、我々が扱っている“意識”というものが、何であるかを具体的にお示しすることが出来ないことがその理由のひとつだと思っています。外科や内科の先生であれば、例えば、胃とはこういう臓器で、ここにこういう問題がある、とか、血糖値の正常範囲はこのぐらいで、高いままだと悪影響がある、と言われると完全には理解はできないにしても、なんとなくイメージは湧くと思います。冒頭にも書きましたが、麻酔科医からの説明で“点滴から薬が入って寝てしまいます、寝ている間に手術は終わります”と言われてもああそうですかと答えるしかありませんよね。

ではそもそも“意識”とは何なのでしょうか?結論から申し上げると、近年の脳科学の進歩にもかかわらず“意識”は未だに解明されていません。説明している我々もわからないのですから、説明を受けている患者さんがわからないのも当たり前です(笑)。ただ、当然研究は進んでおり、最近の研究では“脳のある特定の部位に意識を司る部位がある”という考え方は否定的です。脳の各所が複雑で活発な活動をしていて、それが他の部位と複雑に交通し、全体として統合されると“意識がある”状態と考えられています。複雑な活動(≒膨大な情報)がひとつに統合されたものが意識、といえば少しはわかりやすいでしょうか。麻酔薬はその種類により作用機序は異なりますが、その脳の微妙なバランスを崩し、統合性を失わせることで意識を焼失させていると考えられています。興味深いことに、麻酔状態の脳は生理的な深い睡眠(non REM 睡眠と言われます)状態とほとんど変わりがないと言われています。

少し話は変わりますが、潜在記憶という言葉をご存知でしょうか?寝ても覚めても私たちは刺激を受けていて、その刺激は脳に伝わり、“意識がなくても”脳に取り込まれ、貯蔵されることがあります。これが潜在記憶といわれるものです。つまり、手術中に意識がなくても記憶に残る場合がある可能性があるわけです。潜在記憶を残さないためには、麻酔薬を過量にならないように注意しながら必要十分量使うことが要求されます。意識だけでなく、記憶も相手にするのはなかなか骨の折れる仕事です。

我々麻酔科医は、日々、正体不明の“意識”を相手に全身麻酔で手術を受けられる患者さんが無事手術を終えられるように努力をしています。手術、麻酔が無事に終わることはもちろん、麻酔から快適に目覚め、術後も患者さんが痛みで苦しまないような麻酔管理ができるように日々精進したいと思います。

 

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